ピーナ・ストーリー  

原稿提供:Mr.Borelo 写真提供: Mr.Borelo

■笑えない?アコの爆笑ピーナ・ストーリー  VOL.1 
  僕が初めてフィリピーナを知ったのは、今から20年ほど前の寒い雪の夜でした。 練馬のローカルなフィリピンパブに友人に誘われるままについて行きました。 その日は車だったので酒を飲めない僕は妙に頭が冴えていて、タバコの匂いとキツい幾種類も の香水の香りにむせ返った記憶があります。今思えば、ローカルなその店には「マガンダ」と 呼べる娘は見当たらず、肌色の違う、鼻が低い割に妙に瞳だけが大きい娘ばかりで、言葉はまるで分からないし、 こんな店何が楽しいのか、と不機嫌になりかけた僕を友人はすかさず「やっぱり田舎は駄目か?ハハハ!」 と一笑に付して「分かった分かった、河岸を変えよう」と、タクシーで僕らは池袋に繰り出したのです。



何処へ連れて行く気やらと思ったら、またまたフィリピンパブ…「もう嫌だよ、日本人の店にしようぜ…」と 愚図る僕に謎の笑みを浮かべた友人は「そんな事言う奴に限ってハマるんだよな〜」等とのたまわり、果たし て「MAGANDA」と云う店のドアを開けたのです。これが良い意味でも悪い意味?でも、僕にとっての人生の分岐 点になってしまったのですから…。  店内中鏡張りのこのゴージャス(死語?)な、この店の経営者は当時東京のPパブ業界ではつとに有名だった パパG氏で、オーディションでピーナを選ぶ眼力には定評のあった方です(後から聞いた話ですが…)。



その時の僕の素直な感想…「えっ?何?ここは銀座?それともモデルクラブ?えっ?さっきと同じフィリピンパブ?えっ?どうして?」・・・だって入るなり30人近いマガンダの視線をいっせいに浴び、入り口付近で待機していた指名無し娘の笑顔の眩しさにクラっとさえしていたのではないでしょうか?一人もブスはいませんでした。今でもハッキリ覚えています。その後のピーナの名前などほぼ記憶に無いにもかかわらず、この店の娘達の名前と顔は何故か今でも明確に覚えています。  友人に「誰指名するの?」なんて聞かれても判断基準が当時の僕には無い訳ですから「任せるよ…」としか言いようがありません。友人はまたまた意味不明の笑みをニッと浮かべ「店長!アイリーンとマリーね!」と大声で促しました。程なく友人の隣に鼻は低めだけど意志の強い目をしたアイリーンが座り、僕の隣には全く逆の鼻筋は通っているが一寸目尻の下がった優しい顔つきのマリーが座ったのです。アイリーンは華奢な娘でしたが、マリーは「はいどうぞ…」とばかりに胸の開いたドレスを纏い、ピンと背を張った姿勢がまた良いものだから、ついそのたわわな胸に目が行ってしまい、しかし今のように「イカウ、マラケナー!」等とは間違っても言えなかった僕は恐らく赤くでもなったのでしょう、マリーが気を遣い「ゴメンナサイ、SEXYノヨウフク、キライデスカ?」と、先手を打ってくれたのです。僕はホッとして「いやいや、あんまりスタイルが良いもんだから見惚れちゃいました。」と思わず本音が出ちゃいました。マリーは上品な顔でフフフ、と笑って「ボラボラ、アリガト」と言ったのです。読者諸兄と同じように、初めて耳に残ったタガログ語は僕も「ボラボラ」でした。マリーの顔立ちはZSA ZSA PADILLIA を優しげにしたような顔で、本当に抱きしめたくなるほどのマガンダでした。年齢は24歳。日本は4回目、との事。今思えば(5'3…35-26-35)位の武器?を持った正統派…。僕がハマ?るのにさして時間は必要ありませんでした(^^:)。皆さんの期待通り、さあ果たしてその翌日から(ああ、勘違い)の日々が始まる訳です。

続く

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